多様な「ちがい」を肯定的に受けとめるために
「生きる」教育とは
「生きる」教育とは、一体どのような取り組みなのでしょうか。公開研修会の資料には、次のように記されています。
「生きる」教育では、子どもたちにとって一番身近であり、心の傷に直結しやすいテーマを授業の舞台にのせ、社会問題として捉え直します。そこで示された「人生の困難」を解決するために必要な知識を習得し、友達と真剣に話し合うことで、安全な価値観を育みます。授業の力で、子どもたち相互にエンパワメントを生み出し、個のレジリエンスにつなげることを目指します。
前身の生野南小学校は、かつて暴力や暴言により校内が落ち着かない時期がありました。生徒指導や国語科指導の充実により落ち着きを取り戻したものの、一部の子どもたちには自己肯定感の向上が見られませんでした。
学校がある生野区は、高い生活保護受給率、外国にルーツを持つ児童の増加、児童養護施設からの通学など、家庭環境や生い立ちに困難を抱える子どもたちの過酷な現実がありました。虐待経験や親の離婚などによるトラウマ・愛着障害に対し、学校としていかに向き合うか——その解として考案されたのが「生きる」教育です。2022年の小中統合を経て、現在は9年間の系統的なカリキュラムへと結実しています 。詳しいカリキュラム内容や具体的な実践の一部は、下記からご覧いただけます。
▶「『生きる』教育」プロジェクト | E.FORUM | 教育研究開発フォーラム
授業を参観して強く印象に残ったのは、後述するように、心理や福祉の専門用語が小学生の授業の中でも多く紹介されている点です。その意図は、子どもが抱える「個人の生きづらさや困難」を個人の問題で終わらせず、「社会の課題」として客観的に捉え直すことにあります。一部の対象児童への個別支援にとどめず、クラス全体の「共通の学び」へと高める設計こそが、「生きる」教育の特長の一つです。
性の多様性やジェンダーバイアスを位置づけた意図
「生きる」教育では「虐待予防教育」の一環として、小学校5年生で「愛?それとも支配?――パートナーシップの視点から」という単元を設定しています。架空のカップルのお出かけプランづくりの体験を通じて、「いいすき」と「わるいすき」(一見愛情のように見えて実は相手をコントロールしようとする支配の感情)を見分け、親密なパートナーと支配と依存の関係に陥らないための視点を養う学習です。

この5年生のカリキュラムにおいて、なぜジェンダーバイアスや性の多様性を取り上げようと考えたのか、教材開発を中心的に担う生徒指導・道徳教育推進担当の別所先生にお話を伺いました。
別所先生のコメント
「生きる」教育の中で、5年生では「デートDV」防止の観点を位置づけています。そこでは、まず様々なパートナーシップのあり方や考え方を学び、パートナー同士のキャラクターを創り上げ、「お出かけプラン」を考えます。お出かけするパートナーを考える際には、多様な性のあり方を前提にできるよう、性の多様性を教える授業を入れました。まずは、性の多様性やLGBTQについて知識を得る学習を1時間行った上で、今回の「ジェンダーバイアスについて考えよう」の授業に取り組みます。様々な性のあり方を知ることで、「自分では気が付かないうちに誰かの心を傷つけてはいないか?」 と自分の言動を振り返り、性に対する自分自身の考え方を更新することができます。自分がどの立ち位置になるかはわからないけれど、性のあり方について大切な人から相談を受けたとき、相手と誠実に向き合い、相手の気持ちを考えて行動できる人になってほしいという願いを込めて、授業ではカミングアウトのケースを取り上げています。
「生きる」教育に限らず、子どもを性暴力の被害者にも加害者にもしないための予防的教育としての「生命(いのち)の安全教育」では、身体性やデートDV・性的同意といった性の話題が不可分です。その際、先生・子どもたちに無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)があると、予防のための授業が意図せず別の傷つきを生んでしまうリスクがあります。だからこそ、まずは前提知識として、性のあり方は多様であることを事前の授業で共有しておくことが重要です。
授業レポート|ジェンダーバイアスについて考えよう
体験的に社会概念を学ぶ
公開研修会では、5年2組で行われた「ジェンダーバイアスについて考えよう」の授業を見学しました。

授業の冒頭、担任の福井先生は「『ニンジンといえばオレンジ色』という思い込みもあるけれど、実は紫色のニンジンもある」と身近な例を挙げ、子どもたちの既成概念に揺さぶりをかけます。
続いて配られたカード(「化粧」「すもう」「だんじり祭の大工方」「黄色のランドセル」「ポンポン」など)を、「女っぽい」「男っぽい」「どちらでもない」に分類するグループワークを行いました。「女っぽい=スカート・ポンポン」「男っぽい=すもう・だんじり祭の大工方」と、最初は既存のイメージで分けられますが、福井先生が「男性のチアダンサー」や「女性の大工方」などの実例を示すと、カードは次々と「どちらでもない」へ移動していきます。活動を通して、自分や社会の中に潜む固定観念に気づいた子どもたちへ、先生は「ジェンダーバイアス」「アンコンシャスバイアス」という言葉を提示しました。体感を伴うワークを経ているため、概念的な用語も、子どもたちの心へすんなりと落ちていきます。

次に、以下の3つのケースを挙げ、自分だったらどんな言葉をかけるか、グループで考える活動を行いました。
①同性が気になっている子に対して、異性との恋愛話で盛り上がる別の友達が「好きな人はいる?」と聞いているのを見かけた状況
②男子トイレの小便器が苦手で個室ばかり使う子について、周りが噂しているのを見かけた状況
③水泳は好きだけど、教室でみんなと着替えることに抵抗があり、水泳の着替えが遅れている子を見かけた場面
②男子トイレの小便器が苦手で個室ばかり使う子について、周りが噂しているのを見かけた状況
③水泳は好きだけど、教室でみんなと着替えることに抵抗があり、水泳の着替えが遅れている子を見かけた場面
子どもたちからは「(①に対して)やめて~はずかしがってるよ!/大丈夫?別に言わなくてもいいよ」「(②に対して)人前でおしっこするのはずかしいだけやと思うで。だからこんなこと言わんとこ/人の自由だから気にしないようにしよう」「(③に対して)みんな遅刻するで!と言ってみんなを教室から出す」など、様々な考えが挙がりました。アンコンシャスバイアスに基づく関わりが本人を傷つけないよう、直接介入したり、話題をそらしたりする積極的な傍観者(アクティブバイスタンダー)の行動例が、クラスで共有されていきます。
ジェンダー平等の意識と心理的安全性を高める手立て
さらに福井先生は、4つ目のケースとして、以下のスライドを提示しました。
性の多様性やLGBTQを授業で提示する際、そこで笑いやからかいの声が生じると、教室にいる当事者性の高い子どもは自己否定の気持ちを高めてしまいます。そのため、性の多様性やLGBTQのテーマを授業で取り上げるにあたっては、その授業自体が多様な性のあり方を前提とし、LGBTQの子どもたちにとっても安心安全な場になるよう、例えば単発の授業でははじめに心理的安全性を高めるグラウンドルールを設定するなどの配慮が必要です。
「もし友達から『同性が好き』と打ち明けられたら?」——福井先生の問いかけに、教室には冷やかしや躊躇の空気が一切ありませんでした。誰もが真剣に、かつ安心して問いに向き合える雰囲気が教室中に広がっていたように思います。こうした雰囲気づくりをどのように行ってきたのか、福井先生は次のようにいいます。
福井先生
子どもたちは1年生の頃から「生きる」教科の授業を受けていて、マイノリティ性の高い課題への向き合い方に慣れています。また、5年生で恋愛やデートDVを取り上げるにあたって、性の多様性や多様な家族のあり方について学習をしているので、自然と今日のような雰囲気になったように感じました。
子どもたちは1年生の頃から「生きる」教科の授業を受けていて、マイノリティ性の高い課題への向き合い方に慣れています。また、5年生で恋愛やデートDVを取り上げるにあたって、性の多様性や多様な家族のあり方について学習をしているので、自然と今日のような雰囲気になったように感じました。
真剣な表情でどんな言葉を伝えるかを考える子供たちの表情には、これまでの「生きる」教育の学びの積み重ねが表れているように感じました。
また、子どもたちが安心して考えを共有できる工夫もありました。福井先生は、予め子どもたちに短冊を配布しておき、考えをクラスで共有してもよい子はそれを書いて先生に渡すようにしていました。先生はそれを黒板に貼り、子どもたちの思いをまとめて読み上げます。こうした手立てがあれば、意見交換の際、意図せず誰かを傷つけたり、傷ついたりすることを未然に予防できるように感じました。
黒板に貼られた短冊には、大人が教え込んだ模範解答ではなく、一人の人間として友達に伴走しようとする生きた言葉がありました。
「話してくれてありがとう。誰にも言わんからな」
「別にいいと思うで。逆にだれにもダメっていう権利ないで」
「男やからって女より男の方が好きになったらあかんてルールないやろ。人それぞれや」
「ユウの人生なんだから、ユウらしく生きたらいいと思うよ」
「別にいいと思うで。逆にだれにもダメっていう権利ないで」
「男やからって女より男の方が好きになったらあかんてルールないやろ。人それぞれや」
「ユウの人生なんだから、ユウらしく生きたらいいと思うよ」
直後に紹介された「アウティング」「アライ」といった用語も、子どもたちの実感のこもった言葉があったからこそ、単に知識としてではなく「自分たちの行動指針」として2組の教室に浸透していくように感じました。
社会の中に、そして自分の中にある思い込みに気づくこと。それは誰かを無意識に傷つけないためだけでなく、自分自身を生きやすくするためのものでもあります。
授業の最後、福井先生は下記のスライドで子どもたちにメッセージを伝えていました。自分らしく過ごせる社会をともにつくるアライシップは、多様な困難や生きづらさを抱えるすべての子どもたちを包み込み、勇気づけるものであるように感じました。
3.ReBitメンバーより
「友達のカミングアウトに対してどのような言葉を掛けるか」の問いに対して、5年2組の子どもたちの真剣な表情、そして温かみがあふれる短冊に書かれた多様な思いから、「生きる」教育の積み重ねの厚さを強く感じました。こうした安全な雰囲気と周囲からの肯定的な声掛けがあってこそ、LGBTQの悩みに限らず、困ったときに一人で抱え込まないで周りの人や支援をうまく頼ろうとする「受援力」が身に付いていくのだなと、強く感じました。
心理や福祉の専門的な知見をふんだんに盛り込みながら、子どもたちが実感を伴って学習できる工夫に富んだ指導を積み重ねてこられた田島南小中一貫校の授業見学からは、誰一人取り残さないとする先生方の強い思いを感じました。この取り組みが、より多くの学校の実践につながることを願っています。
田島南小中一貫校の皆さん、素敵な授業をありがとうございました!
